責任転嫁する人とはどう関わればいい?子どもだと思えば許せる
責任転嫁する人との付き合い方

こんにちは、不動産営業マンであり、かつヒプノセラピストの長尾啓二です。

多くのインターネットの記事からこの記事を選んでいただき、有難うございます。


今日は「責任転嫁する人とはどう関わればいい?」についてお話していきます。

この記事に興味をもって頂いたということは、あなたの職場、そして仲間うちに責任転嫁する人、責任を放棄する人がいるのでしょうね。


そして実際に迷惑をこうむってるってられるのかも知れません。


「どうしてあの人はいつも責任をなすりつけるのか?」

「責任転嫁する、その気持ちが分からない。」

「運上司がいつも責任だけ、なすりつけてきて困っている。」などなど。



責任転嫁する人、本当に迷惑な存在です。

しかし人が集まれば一定数いるのもこれまた事実です。

そんな責任転嫁する人に困っている方にむけて、この記事は書いています。

  • 責任転嫁とは何か?
  • そもそも責任とは何か?

  • 責任転嫁をする意味とは?
  • 責任転嫁する人との付き合い方。

  • そして「責任」の持つ本当の意味とは?


について記載してます。

また、関連した内容の記事をこちらにまとめておきました。

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併せて読むことで、この記事の内容もより、理解が深まり、自分の中に落とし込めるはずです。


この記事には多くの情報を詰め込んでいます。

出来ればメモを取りながら読んでいただくことを推奨します。


またはブックマークして保存してもらい、時間が空いた都度お読み下さい。

そしてこれを読めば、あなたも責任転嫁する人との付き合い方、除け方が分かります。


そして何より「責任」の本来の意味をしり、ご自身が本当に自由に生きていけるようになります。


今まで重い響きのあった「責任」という言葉の印象が180度変わります。

ぜひご一読ください。

責任転嫁する人に困ってませんか?

責任転嫁する人に困ってませんか?
責任転嫁する人がいると、場の雰囲気が悪くなる。

責任転嫁する人っていますよね?

  • 「仕事が失敗したのは、部下の◇◇のせいだ。」
  • 「仕事が時間内に出来ないのは、同僚の●●さんが手伝ってくれないからだ。」
  • 「こんな性格になったのは、(自分の)親の育て方が悪かったからだ。」


などなど。


これがただの愚痴や、コボシならいいんです。

しかし責任転嫁する人は、愚痴だけではありません。

目の前に起こっている問題・課題について行動を起こそうとしない。


または起こった結果について、非を認めない、責任を取らない。

だから困るんですよね?


そして、その対応と処理が皆様のところに厄災のように振りかかってくる。

これも困るんです。


しかも、責任転嫁した人は「悪い」とも「非がある」とも思ってません。

少なくとも、こっちからはそう見えません。


実際、会社や組織内にこのタイプの方がいると、非常に嫌な雰囲気になります。

しかしこういう人は一定数います。


この責任転嫁する人とどう向き合っていくのか?それを見て行きます。

責任転嫁の意味とは?

責任転嫁の意味とは?
「転嫁」にこめられた強い意味。

そもそもの「責任転嫁」の意味を確認しておきましょう。

自分が負うべき責めを他の者に負わせること。

責任を他になすりつけること。

出典 コトバンク



本来は自分が負うべき責任を、他人に押し付ける。

それが責任転嫁です。


ここで「転嫁」と書かれていることに注目しましょう。

実は「転嫁」も意味がほぼ同じです。

1 . 自分の罪・責任などを他になすりつけること。

「失敗の責任を転嫁する」


2 . 心理学で、ある対象に対する感情が、関係のある他のものにも及んでいく こと。

出典 コトバンク


実は「転嫁」は元々「再度の嫁入り」の意味だったんです。

「転職」「転勤」などを思い出すと分かりやすいですね。


それが「転がす」→「移す」の意味が強化され、現在の意味になったようです。

また「嫁」という字は、「およめさん」の意味とともに、「なすりつける」という意味もあります。


「責任転化」でもない。

「責任転換」などでもない。


そこ「転嫁」に強い意味が込められているようです。


「なすりつける」という意味に、多くの人が困惑した跡が伺えます。

責任の本来的な意味とは?

責任の本来的な意味とは?
「責任」の意味を知る。

責任転嫁する人との関わり合い方を見て行く前に、「責任」そのものについてもう一度確認して行きましょう。


責任は「個人や団体が立場上、当然に追わなければならない義務や任務」を指します。

責任という字を分解してみましょう。


「責」

これには「義務」の意味があります。


「任」

これには「務め」の意味があります。


漢字における責任は「義務を務める」ということなのです。


責任転嫁は、人として、社会人としての務めを果たさなかったことです。

そして責任には「法的な責任」「道義的な責任」の二つに分かれます。


どちらも人として、社会人としての義務を果たさなかったのです。

責任について、次からもう少し深く見て行きましょう。


実は私たちが認識していなかった、意外な真実があります。

責任とはResponse(反応)するAbility(能力)

責任とはResponse(反応)するAbility(能力)
責任とは反応する力である。

「責任」は英語では、「Responsibility」となります。

元々はResponse(反応する、答える)とAbility(能力、~できる)の二つの単語がつながったものです。


またResponseもre(返して、再び)とspondeo(誓う)の単語の合成です。

「反応する能力」→「答えることができる」という意味です。

そして日本語にはない「信頼度」の意味を加えられています。


注目して頂きたいのが「Re」が付いている点です。

上にも書いてますが、これには「再び」の意味があります。


英語における責任「Responsibility」は起こったことに対し、「再び」応える能力であると位置づけられているのです。


これは大変興味深いことです。

「再び」ですから、責任という行動の前に、最初に何かを行ったことを暗示しているからです。


「自分がしたことを、再度応える能力」であると取れるからです。

英語なので宗教的にはほぼキリスト教圏内であることは想定出来ます。


キリスト教、イスラム(教)、ユダヤ教は基本的に一神教です。

そこには神と人との間で「契約」が存在するとされています。


契約である以上、そこには権利と義務があります。

「Responsibility」の中に「誓う」と意味がこめられているのはj重要です。


責任とは義務の遂行であり、自分がしたことへの応答なのです。

自由と責任はセットで考える

自由と責任はセットで考える
責任というものを知る「序章」。

責任転嫁する人を見て、あなたはどう感じますか?


「自分勝手だ。」

「気ままだ。」


あるいは「自由過ぎる。」とも感じるでしょうか?


「自由」のとらえ方は色々あります。

「束縛のない状態」とも捉えられます。


しかし、それは「自由」の一側面でしか見てません。

「自由」の本来の意味は「『選択する』自由」ということです。


私たちは毎分毎秒、「選択」をして生きています。

ごはんを食べるのも、出かけるのも。自覚、無自覚を問わずにです。


そして「選択肢」は実は無限にあり、私たちはどれでも選べます。

そして、自由は「責任」とワンセットなのです。


参考記事:
好きなことを仕事にして、精神的にも物質的にも豊かになるために最優先で学ぶべきこと


参考記事:
『悟り』とは究極の自己責任に目覚めること


「行動と経験」

「原因と結果」

それらと同じくらい「自由と責任」は表裏一体であり、ワンセットなのです。


1996年にスティーブン・R・コヴィー博士によって世に出た、自己啓発、成功哲学の名著「7つの習慣」はご存じですよね?


この本の「第二部 私的成功 第一の習慣 主体性を発揮する」というのがあります。

ここで自由と責任について、私たちに教えてくれることがあります。


人間には他の動物にはない能力があり、その一つが自由意志です。

ある刺激があった時、どう反応するかに対し選択する自由を持っているのです。


そして選択した反応に「責任」を取ることが「人間として主体性を持つ」ことなのです。


自由は決して、束縛のない状態を指すのではありません。

自由と同時に「責任」があるということなのです。


「責任」と聞くと、重い感じがしますが、実はそうではありません。

「責任転嫁」を知ることは、「責任」が人生に幸せをもたらす鍵であると気付かせてくれます。


このことはとても重要なことなので、この次から掘り下げて行きます。

責任を放棄したり転嫁することの意味

責任を放棄したり転嫁することの意味
「責任を転嫁するとは?」

ここまで「責任」そのものについて見てきました。

こうして見ると「人間」として生きるからには必ずや「責任」がある。

そう捉えられますね。


私は事実そうだと思っています。

私たちには選択の自由があるのです。

どのような選択をすることも可能です。


この記事は心理学の場でないので、詳細は省きますが、選択できないと思っていることも幻想なのです。


選択したならば、その結果は「当然」に自分に返ってくる訳です。


責任を放棄、あるいは転嫁することは、その結果を捨てているのと同じです。

これは人間として「未成熟」あるいは「未完成」「無責任」なんです。


遊んだ後のおもちゃを片付けない、幼児と変わりません。

ここをよく踏まえて、責任の放棄や転嫁について見て行きます。

自分で自分の自由を手放すの同じ

自分で自分の自由を手放すの同じ
「責任」の意味を深堀する。

責任を放棄したり、転嫁することは、自由を手放すことと同じである。

これは中々ピンと来ないかも知れません。

かく言う私もそうでした。


この記事の「自由と責任はセットで考える」の章で見たとおり、自由と責任はセットであることを、まず意識してくださいね。

ここではその事をもう少し掘り下げて見てみます。


人は他の動物より発達した能力があります。

その最大のものが「脳」であり「意識」です。


「意識」は現在二つに分けられて語られています。

「潜在意識」「顕在意識」ですね。


「潜在意識」とは無意識の場所だと考えて下さい。

私たちの内臓を動かしているもの。


また過去からの癖など。

自覚せずとも働いている「意識」です。


これに対して「顕在意識」は自覚あり、それこそ「意識」して分かるものです。

「人」は他の動物や赤ちゃんなどに比べてこの顕在意識が発達しています。


「7つの習慣」で語られているように、刺激に反応するまでの間、どう反応をするのかを選択が出来ます。


一例を上げましょう。

今、100本のビールがあったとします。


これを3日以内に売ってくれと頼まれたとしましょう。

ここで選択が出来ます。


「受け容れる」

「(無理なら)断る。」です。


「受け容れた」場合、100本をどうやって売るかを、数ある方法から選択することになります。


そしてもし売れなかった場合、依頼主に謝罪し、自分で買い取るか、期間を延ばしてもらうか、本数を減らしてもらうか、などの選択があるのです。


この選択は全て自分の責任です。

仮に売れなかった場合、「部下がちゃんと働かなかったからだ。」「天候が悪くて、販売に行けなかったからだ。」などと言ったとします。


そして後の処理をしない。

これが責任の放棄であり、転嫁です。


これは放棄した、あるいは転嫁した人が自ら「自由」を手放しているのです。

自分自身がした「選択」を「否定」しているからです。


「結果」はどんな形であり、ついて来ます。

その結果を受け取れない、拒否しているということは、そもそも「選択」したこと自体を否定しているのです。


また、こういう人に今後何かを依頼するかというと、誰もが躊躇することだと思われます。


その結果、この人が選択できる幅も数も減ってくるのです

それは「自由」そのものを減らしている、手放しているのと同じ意味です。


実は「責任」とは本来は自分の自由を守るためなのです。

これはキリスト教下にある西欧社会を見るとよく分かります。

西欧社会では責任は大人の証明

西欧社会では責任は大人の証明
「責任」を取って守ることが自分の「自由」を保証してくれる

西欧社会では「責任」についてどう捉えられているでしょうか?

ここで理解しないといけないこと。

それは宗教です。


西欧社会は一部を除き、キリスト教です。

前にも書きましたが、キリスト教などでは神と人との契約により成立します。


彼らはこの面から見ても「責任」については相当に厳しい姿勢を持ってます。

神との契約違反は異端者であり、異教徒だからです。


では人と人の間ではどうでしょう?

西欧の方々って日本人に比べて自己主張がハッキリしていると感じませんか?


自己主張が激しいとも言える。

あれだけ自己主張が激しいのになぜ社会は成り立っているのでしょう?


これは「責任」のお蔭です。

彼らは基本的に自分たちを「自由」と思ってます。


また「自由意志」に従って行動しているとしてます。

人は神が作ったものであり、神の名の元ではみな平等と考えるからです。


ではこの自由な人どおしの利害が対立するとどうなるでしょう?

当然争いになります。


その争いを避けるために「契約」と「法律」があるのです。

欧米の契約書が日本の契約書に比べて、圧倒的なボリュームがあるのは有名な話です。


ありとあらゆることを決めています。

自由な者どおしだからこそ、お互いの利権を守るために「契約」と「法律」を作るのです。


そしてそれを守ることが「責任」であると信じてます。

逆に「責任」を取って守ることが自分の「自由」を保証してくれるのです。


西欧社会では「責任」を取るとは当然に決められた契約や法律を守ることです。

その責任を知る者こそが、大人であり、成人した人間であるととらえられているのです。


正に大人の証明です。

責任転嫁や責任を放棄する人は実は、、、

責任転嫁や責任を放棄する人は実は、、、
自己愛が強いのが特徴

ここからは責任転嫁や責任を放棄する人を見て行きましょう。

そもそも責任転嫁や責任を放棄する人ってどんな人でしょう?

性格的な特徴があります。

  • 打たれ弱く、怒られるのが苦手。
  • すぐ人に頼ろうとする。

  • 自分の行動や意見に自信がない。
  • 打算的でいいとこどりをする。

  • 楽ばかりしようとする。
  • 思い込みが激しい。

  • 承認欲求が強い。


など。


これらはの人が全て備えているのではありません。

どれか一つが突出して特徴として持っていることがあります。


さて、これらの特徴を見て共通点を感じませんか?

これらの特徴が強いということは、「子供っぽい」のです。


ここでポイントです。

実は「承認欲求が強い」というのが、かなり原因となってるように思います。


責任転嫁する人は「自己愛が強い。」

まず責任を転嫁・放棄する人の特徴や傾向を見て、対処方法を考えて行きましょう。

自分はお子様ですよ、と宣言してるのと同じ

自分はお子様ですよ、と宣言してるのと同じ
「責任を取らないこと」と「子供の嘘」には類似点がある。

「この仕事が失敗したのは私のせいじゃない。●●君のせいだ。」

「電車に乗り遅れたのは、家の者が起こしてくれなかったからだ。」


よく聞くセリフですよね(笑)


責任を取るということは、自分自身の自由を守るためであることを、私たちは確認しましたね。


色んな選択肢があった中で、自由意志のもと、その選択をしたのです。

その結果を受け取れないことは、自らの選択を「否定」しているのです。


自由を否定しているとも言えます。

このなりふり構わなさは、正に「子供」です。


子供はまだ社会的なルールなどを知らないから許されます。

しかし見た目大人がこれをすると、周りはイラっとしますよね(笑)


そうなんです。

責任転嫁、責任を放棄している人は実は子供なのです。


心理学的なアプローチですが、口でどんなことを言おうとも、行動が全てであるというとらえ方があります。


口は嘘を付けます。

しかし行動は「嘘」を付けないのです。


責任転嫁や責任を放棄するのは「嘘」とは少し異なります。

しかし子供が嘘をつく理由を見れば、類似点が多いのです。


子供の嘘は「自尊心」を守るためであったり、怒られることから身を守るためですね。


例えばディズニーランドに行ったことがないのに、「行った」とか。

花瓶を割ったのに、「それは僕じゃないよ」とか(笑)


責任をなすりつける行為は、実は私は「子供」ですと宣言しているのと一緒なんですよ。

大人の論理で付き合おうとする必要はない

大人の論理で付き合おうとする必要はない
相手が子供なので、丁寧な無視が一番よい。

こちらが大人の論理を出しても、相手が子供なら、理解し合えません。

自分で選択した結果を受け取れないのです。


また責任こそが自分の自由を守る方法なのです。

キリスト教下の西欧社会での例でもありましたが、そもそも契約や法律が守れないならば、大人の付き合いは出来ませんよね?


こうなるとこちらが「もっと」大人にならねばなりません。

では「もっと大人になる。」とはどういうことでしょうか?


こちらが子供の目線まで下りて、相手の考えを読むのです。

「どうせ、問題になったら逃げるな」と(笑)


要するに某国間の争いと同じです。

「丁寧な無視」です。


私もサラリーマン生活が長かったので、たまに責任転嫁する人に会いました。

上司でです(笑)。


この当時はこういう理論はしりませんでしたが、私のとった行動は「言うことを聞かない」です(笑)


この方には事例として後でも登場してもらいますので、覚えておいてもらえたら幸いです。

最初から期待しなければいい

最初から期待しなければいい
期待するから腹が立つ。

責任転嫁する人、責任を放棄する人には最初から期待しなければいいのです。

ここで先の上司を事例としてみます。


この方、絵にかいたような「責任転嫁」男でした(笑)。

今思えば漫画のようですが、実在しました。


実績(手柄)を上げれば自分のお蔭。

少しでも悪いと「部下」のせい(苦笑)。



ある時、上部層を含む会議がありました。

各グループ間で事業の進捗状況を報告する場でもあります。


私のいたグループにおいて数件予定より進行が遅れている案件があったんです。

その原因について上司が説明する場面がありました。


ここまで書いたらお分かりですよね(笑)

その原因を部下、私の後輩のせいにして説明してました。


事業の説明というより、部下の日常の説明のようでした(笑)

周りの失笑を買ってるのも、ご本人はお分かりでない様子。


なんでこんなのが役付きになれるの?とお思いでしょう。

今はかなり変わったでしょうが、昔役所を含む大組織は「年功序列」と言って年配者が優遇されたんです。


本人の能力に関係なく、上に上がれた時代があったんです。

こういう制度だと、迷惑を受けている私たちでは対処が不可能です。


こんな人と出会ってしまい、ましてや上司などになったら期待しない方がいいでしょう。


実は本人も責任転嫁しているなんて気づいてないでしょうから、期待するだけ不毛でもあります。

どうしても関わらないといけない場合は

どうしても関わらないといけない場合は
どうしても責任を取らない人と関わる場合は・・・

ここまで責任転嫁する人、責任を放棄する人について特徴を見てきました。

そして私たちもどうあるべきかを見てきました。


大人の論理で向き合わない。

期待しない。


確かにそのとおりです。

でもその対応が出来ない時もあります。


私の事例で出してますが、上司として登場されたりすると、否が応でも関わらないといけない場合があります。


ただの交友関係なら無視が一番です。

でも職場となるとそうは行きません。


またこういう人と出会うのは「仕事」関係が多いでしょうから、避けて通れないことも想定出来ます。


その場合はどうすればいいか?そ

れを見て行きましょう。

できるだけ省エネで接する

できるだけ省エネで接する
こういう人に「エネルギーを使わない」

責任転嫁する人、責任を放棄する人とどうしても関わらなければならない時はあります。

仕事関係が多いでしょう。


先の事例である上司や、取引先などですね。

この場合、接触したり関わったりするのを「最小限度」にすべきです。


そして関わった内容について記録だけは残しておいて下さい。

この記録を残すことはかなり意味があります。


責任転嫁する人、責任を放棄する人が取引先の場合、それは契約違反に該当することがあるからです。


これ甘く見ていると大変なことになります。

こちらは悪くないのに、相手の言い分が認められて損賠賠償の対象になったりもします。


そうなると裁判です。

そうならないようにエビデンスを残しておくのです。


エビデンス、記録を本人に見せたところで本人は認めはしないでしょう。

しかし相手を雇っている組織(会社)はそうではありません。


担当が変わる可能性だってあるのです。

自分の組織外の人間が責任転嫁する人なら措置はありますが、内部だと中々難しいものがあります。


こういう場合は先ほどにも出した「丁寧な無視」です。

また責任転嫁や責任放棄された場合の備えとして、記録やエビデンスを残しておきましょう。

無駄なところにエネルギーは注がない

無駄なところにエネルギーは注がない
丁寧に無視をする。

責任転嫁する人、責任放棄する人。こういう行為をする人の問題は、ほぼ全てその人自身にあります。


実際こちら側には落ち度はないんです。

また相手を変えようとしても、これは徒労に終わります。


責任転嫁する人の特徴で述べましたが、本人に責任転嫁しているという自覚すらない場合もあるのです。


そもそも責任を取ろうとしない人は、約束や法律などを守ろうという意識がありません。


ここにエネルギーを注ぐことはザルで水をためようとしているものです。

世の中には関わらない方がいい、あるいは関わるべきでない人が一定数いるのは事実です。


私たちはこういう類の人間に付き合うよりも、もっと建設的にやらねばならぬことがあります。


そちらにエネルギーを注ぐことこそが責任ある態度とも言えます。

先ほども書きましたが「丁寧な無視」が一番です。

コミュニケーションの摩擦はコストだと考えよう

コミュニケーションの摩擦はコストだと考えよう
コストとして考えると、こちらも無駄なことはしなくなる。

責任転嫁する人、責任を放棄する人との付き合いは、ほぼまともに出来ません。

コミュニケーションが取れないからです。

コミュニケーションの本来の意味は、意思疎通、通じ合いです。


こちらが意思疎通しようとしても、相手にその氣がない、あるいは疎通が取れていないという認識すらない場合。

これは全くの不毛ですし、そこには摩擦しかありません。


そしてそれは「コスト」なのです。

費用がかかるのです。

経済的損失です。


先ほどの私の元上司の事例をもう一度出しますね。

結局、彼はどうなったと思います?


結論から言えば、飛ばされました(笑)

左遷です。

そうなった切っ掛けは私にありました(笑)。


常軌を逸した責任転嫁に私がぶち切れ、彼を相手取って大立ち回りしちゃったんです。

上部層もこれではまずいと思い、翌年の異動で閑職に追いやられました。


こう書くと私が勝ったような話ですが、そんな良い話だけではありません。

このコミュニケーションの摩擦は、組織内でもわずかとは言え無駄なコストになったのです。


人件費などを含めてです。

私も仕事でなければ、ここまではしませんでした。

無駄な支出も発生したのです。


こういう人たちだけでなくコミュニケーションがとりにくい人との付き合いは、最初から避けた方がお互いのためでもあります。


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この記事のまとめ

責任転嫁する人とは付き合わないことが一番。

ここまでお読み頂き有難うございました。

責任転嫁する人の特徴、関わり方について理解を深めて頂けたでしょうか?

ここまでお読み頂き有難うございました。

責任転嫁する人の特徴、関わり方について理解を深めて頂けたでしょうか?


長くなりましたので、ここでまとめと致します。

  • 責任転嫁とは、責任を取るべき人間が、他人になすりつけることである。
  • 責任とは「自分がしたことに再度応える能力」のことである。

  • 自由と責任はワンセットである。
  • 責任を放棄するということは、自らの選択を否定し、自由を手放すもの。

  • 責任の本来的な意味は互いの自由を守るためのもの
  • 責任転嫁する人は「子供」であり、自己愛、自己承認を求めるのが強い。

  • 責任転嫁する人とは大人の論理で付き合う必要なはない。
  • 責任転嫁する人とは基本的につきあわない。

  • 責任転嫁する人と付き合わなければならないときは、距離をおき省エネに徹する。
  • 丁寧に無視する。

責任転嫁する人は基本的に「子供」です。

そして莫大なエネルギーを持って行かれます。


仕事などで付き合わなければならない時もあるでしょう。

その時、この記事を思い出して下さい。


ブックマークをして、その都度必要なところを読み返してもらうのもいいです。

あなたの大切なエネルギーが持って行かれないように、この記事がそのキッカケになれば私も嬉しいです。


この記事は責任転嫁する人との付き合い方として書かれてます。

しかし、同時あなたにも「責任」の本当の意味を知って欲しいのです。


少し重い言葉であった責任が、本当は自由になるために必要なことであったと分かるでしょう。


あなたにとってのコミュニケーションのツールになれることを願って、筆を置きます。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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